今日は今シーズン初の真夏日だった。
朝から暑さを感じ、お昼前後にはちょっと動くと汗が流れるような感じだった。
こんな日は仕事どころではない。
というわけで、まずは窓ふき。
これはスコットランドで見てカッコ良かったので、自分でもやることにしたのだが、なかなか難しい。10年以上やってるが、職人技には至らず、いつも筋が残る。(苦笑)
次は花壇の雑草抜き。
小さな雑草の葉がたくさんあるので根気がいる。いつも途中で断念。 今日も途中で断念。
最後はグラスカッターで雑草の始末。
今シーズン3回目だが、だんだんグラスカッターを使う間隔が狭まっているような気がする。
そういえば毎年気になる雑草がある。
葉は濃い緑色で大きく、中心から垂直に枝が伸び、白っぽい(黄色か)花を咲かせる。枝はグラスカッターでも容易にははらえない。調べてみるとギシギシという名前らしいが本当のところはわからない。しかし、根を雑草抜きを使って掘り出そうにも、太くて全部を抜くことは不可能。結局途中から折れてしまうので、しばらくするとまた成長してしまう。
これが数カ所あるため、今日は雑草抜きで根こそぎ取ろうとしたが、汗だくになっただけ。
で、ここまでやると、準備は万端。
家のまわりがきれいになったところで、今シーズン2回目のBBQ。
今日は風もなく、日が暮れても暖かだったので、大いに楽しめた。
夏ですなあ。
2013年7月6日土曜日
東日本部会
今日はある学会の東日本部会で苫小牧へ。
ネタはいろいろあるが、すでにお疲れモードなので省略。
そのうちのひとつだけ。
この学会はある意味で研究領域のメインストリームを斜に構えたところから見るということを特徴にしている。
アンチテーゼというほどのものではないが、メインストリームでは扱わない領域を研究している。
そしてそんな領域であるので、実務がどう行われているかを知ることは大事なこと。この学会でも、以前は実務家を招いての事例紹介が多かったが、部会あるいは全国大会に限らず、最近は、視察が組まれることが多くなった。
今日の部会でも、まず、ウトナイ湖の野生鳥獣保護センターでの説明会があった。
その後、日本で一カ所だけのCCS(carbon dioxide capture and storage) 実証施設を見学した。どちらも小生の研究対象からは外れているが、そして直接的に会計学の研究論文が書けるようなものではないが、それでも好奇心が大いにくすぐられる。
単に発表を聴くだけの学会が、少しずつ変わり始めているような気がした一日だった。
ネタはいろいろあるが、すでにお疲れモードなので省略。
そのうちのひとつだけ。
この学会はある意味で研究領域のメインストリームを斜に構えたところから見るということを特徴にしている。
アンチテーゼというほどのものではないが、メインストリームでは扱わない領域を研究している。
そしてそんな領域であるので、実務がどう行われているかを知ることは大事なこと。この学会でも、以前は実務家を招いての事例紹介が多かったが、部会あるいは全国大会に限らず、最近は、視察が組まれることが多くなった。
今日の部会でも、まず、ウトナイ湖の野生鳥獣保護センターでの説明会があった。
| 実はこの環境が好きだったりする。 |
その後、日本で一カ所だけのCCS(carbon dioxide capture and storage) 実証施設を見学した。どちらも小生の研究対象からは外れているが、そして直接的に会計学の研究論文が書けるようなものではないが、それでも好奇心が大いにくすぐられる。
| 4年計画の2年目。地下1,000mの掘削。 |
| 実はこれも好きだったりする。沖合3㎞のシーバース |
単に発表を聴くだけの学会が、少しずつ変わり始めているような気がした一日だった。
| どこでも苦労しているようで。 |
2013年7月5日金曜日
つながる
一昨日、最初のゼミ生の一人とメールでつながった。
キッカケは、最初に勤務した短大があった地域で発行されているコミュニティ新聞。
そのコミュニティ新聞にゼミ生の顔写真とともにゼミ生が運営している医療法人の増改築の広告が掲載されていた。
あまりに懐かしくなって、その法人のアドレスにメールを送ると、すぐに本人からメールが届いた。
このゼミ生、小生より年上で、しかも女性。
今でいう社会人入学で、 駆け出しの小生からすればなかなかやりにくかった。
あまり詳しくは書けないのだが、彼女は卒業後いろいろあって(あったようで)、それでも立派な経営者になった。それが介護系の医療法人なので、俄然、興味が湧いた。何しろ、非営利法人会計の中でも、医療法人は経営実態が分からないため、会計分野においても実際に迫るのが難しい。
ホームページで会計情報を公開している医療法人(病医院を含む)は極めて少ない。
そうなると研究もままならず頓挫した状態。
しかし、距離的には遠いが、身近に医療法人の理事長がいた。しかも小生の「教え子」である。
時候の挨拶から始まって、お互いの近況を書きながらも、自然に話題は医療法人制度、介護保健制度、社会福祉法人制度に向かってしまう。
聞けば、彼女は大学院でも勉強したそうで、ますます、話が合う。
話が合うといっても同じ意見というわけではなく、問題意識を共有しているといった方がいい。まさに時空を越えて一気に距離が縮まった感じ。
7~8年前に一度チャレンジして頓挫した研究が、ここに来て再開の道が開けたような感じだ。
時間を見付けて、直接話を聴いてみたい。
キッカケは、最初に勤務した短大があった地域で発行されているコミュニティ新聞。
そのコミュニティ新聞にゼミ生の顔写真とともにゼミ生が運営している医療法人の増改築の広告が掲載されていた。
あまりに懐かしくなって、その法人のアドレスにメールを送ると、すぐに本人からメールが届いた。
このゼミ生、小生より年上で、しかも女性。
今でいう社会人入学で、 駆け出しの小生からすればなかなかやりにくかった。
あまり詳しくは書けないのだが、彼女は卒業後いろいろあって(あったようで)、それでも立派な経営者になった。それが介護系の医療法人なので、俄然、興味が湧いた。何しろ、非営利法人会計の中でも、医療法人は経営実態が分からないため、会計分野においても実際に迫るのが難しい。
ホームページで会計情報を公開している医療法人(病医院を含む)は極めて少ない。
そうなると研究もままならず頓挫した状態。
しかし、距離的には遠いが、身近に医療法人の理事長がいた。しかも小生の「教え子」である。
時候の挨拶から始まって、お互いの近況を書きながらも、自然に話題は医療法人制度、介護保健制度、社会福祉法人制度に向かってしまう。
聞けば、彼女は大学院でも勉強したそうで、ますます、話が合う。
話が合うといっても同じ意見というわけではなく、問題意識を共有しているといった方がいい。まさに時空を越えて一気に距離が縮まった感じ。
7~8年前に一度チャレンジして頓挫した研究が、ここに来て再開の道が開けたような感じだ。
時間を見付けて、直接話を聴いてみたい。
2013年7月4日木曜日
小さくないかい?
今日は、Ⅴ講目終了後、誘われていたある団体のワークショップに参加。
急いで駆けつけた甲斐があって開始時刻に2分遅刻しただけでセーフ。
見れば、SB研の皆さんも7~8名参加しており、ゼミ生も3年生、4年生それぞれ1名ずつが参加していた。
このワークショップ、住まいの地域ごとに(つまり各区ごとに)参加者を分けて、自分の区の特徴、問題や課題、その解決方法を挙げてもらうという形式。地域ごとに分けるというのは論点がハッキリするので面白い。
ただ、我々教員は椅子の余ったところに入るということになっていて、小生は別の区にお邪魔することにした。
最後にそれぞれ発表したが、いずれも同じような問題提起が並んだ。たとえば「交通の便が悪い」、たとえば「地域資源を活かしていない」などなど。
ま、大学生が考えることはだいたい同じだし、我々大人にしても同じような論点を毎年指摘して終わっているので、あまり大学生を悪くはいえない。
ただ、もう少し夢を語ってもいいのではないかとも思う。
たとえば、小生が口出ししたのはこれ。「交通の便が悪かったら、地下鉄延伸を提案したら?」
一緒のグループの大学生から出た言葉は「財政的に無理でしょう。」
そりゃわかっているが、延伸されたことを考えれば、いろいろな広がりが考えられると思うのだが。何より、長い人生。彼らが生きている間に何とかなるかもしれないと思ってもいいと思う。
21時過ぎに終わってその後懇親会ということになっていた。アルコールのあるところに出没する性格にしては珍しいが、 こっそり会場を後にした。他意はない。
急いで駆けつけた甲斐があって開始時刻に2分遅刻しただけでセーフ。
見れば、SB研の皆さんも7~8名参加しており、ゼミ生も3年生、4年生それぞれ1名ずつが参加していた。
このワークショップ、住まいの地域ごとに(つまり各区ごとに)参加者を分けて、自分の区の特徴、問題や課題、その解決方法を挙げてもらうという形式。地域ごとに分けるというのは論点がハッキリするので面白い。
ただ、我々教員は椅子の余ったところに入るということになっていて、小生は別の区にお邪魔することにした。
最後にそれぞれ発表したが、いずれも同じような問題提起が並んだ。たとえば「交通の便が悪い」、たとえば「地域資源を活かしていない」などなど。
ま、大学生が考えることはだいたい同じだし、我々大人にしても同じような論点を毎年指摘して終わっているので、あまり大学生を悪くはいえない。
ただ、もう少し夢を語ってもいいのではないかとも思う。
たとえば、小生が口出ししたのはこれ。「交通の便が悪かったら、地下鉄延伸を提案したら?」
一緒のグループの大学生から出た言葉は「財政的に無理でしょう。」
そりゃわかっているが、延伸されたことを考えれば、いろいろな広がりが考えられると思うのだが。何より、長い人生。彼らが生きている間に何とかなるかもしれないと思ってもいいと思う。
| ベロタクシーのようなものが描かれていたが言及はなかった。 |
21時過ぎに終わってその後懇親会ということになっていた。アルコールのあるところに出没する性格にしては珍しいが、 こっそり会場を後にした。他意はない。
2013年7月3日水曜日
いいイメージと悪いイメージ
職業に貴賎はないという。
しかし、いいイメージの職業と悪いイメージの職業はある。
たとえば、弁護士や警官は罪人を懲らしめる、あるいは悪人を捕縛するというイメージがあるため、いいイメージの職業といえるかもしれない(もちろんイメージに個人差はある)。
いいイメージの職業といえば公務員もそのひとつである。
最近では、給料が下げ止まらなくかわいそうなぐらいだが(それだけ高水準だったかもしれないが)、倒産がないので定年まで勤められる、退職後も年金支給で最低限の生活保障が受けられるという点で、学生さんたちの進路として根強い人気がある。
しかし、同じ公務員でも悪いイメージを持たれている公務員もある。税務署の職員である。
高殿 円『トッカン 特別国税徴収官』(2012年5月)
ただただ安定だけを求めて公務員になった鈴宮深樹(すずみやみき)。何かいわれると「ぐっ」と言葉に詰まってしまうためグー子とあだ名されている。この鈴宮の上司が京橋(税務)署の死に神と揶揄される鏡雅愛(かがみまさちか)。鏡は本店(国税庁)から支店(京橋署)に出向している切れ者の特別国税徴収官(トッカン)で、鈴宮は鏡のもとで徴収業務を補佐する新米徴収官である。
この小説は、鈴宮と鏡との関係を中心にして、税金を滞納する個人事業主との攻防、支店内の人間関係、あるいは支店と本店の力関係、そして鈴宮の個人的な生き方を描いた小説である。小説それ自体は軽妙洒脱で緩急を付けた筆使いで一気に読ませてしまう(とはいっても、小生の場合、寝る前に読んでいるのでそれなりに時間はかかったが)。
一言でいえば、面白い。
何が面白いかといえば、やっぱり滞納者と徴収官との駆け引きである。
以前、『マルサの女』という映画(伊丹十三監督、宮本信子主演)があり大ヒットしたが、それに通じるものがある。ただし、『マルサの女』は、国税局査察部による脱税調査を描いたものであるが、『トッカン』は、現に納税義務が発生しているにもかかわらず納税しない、納税できない納税義務者と地元の税務署との関係を描いている点で違いがある。
この小説が読み手を飽きさせないのは、税金を滞納している人物が複数採り上げられ(コーヒーショップを起業した青年実業家、銀座のクラブのママ、零細な町工場の夫婦、クリーニング店や自転車屋の店主、大企業の経営者)、それぞれにサイドストーリーを描いていて、どこかでつながっていることである。
とりわけ印象的なのは、銀座のクラブ<澪>のママ、白川耀子(しらかわようこ)を採り上げた件(くだり)である。明らかに納税できるだけの売上があると思われるのにキャッシュが見つからない。S(差し押さえ)を仕掛けても何も出てこない。仕方なく古い御所車が描かれた着物を差し押さえる。しかしそれは白川耀子にとっては、お金に換えられない大事な思い出の品であった。この着物を取り返すために白川は納税に応じる。ところが、その裏には白川の生い立ちと子どもの頃の友達との悲しい過去が秘められていた。しかも、滞納に絡んで、大企業(製薬会社)の経営者と白川の駆け引きにまで進展する。
そして最後のエピソード。
零細な町工場(プラスチック加工)の夫婦が焼身自殺を図ろうとする現場に立ち会った鈴宮。
ここで鈴宮は嫌われる存在であった税務署職員から慕われる存在に変わる。
小生には、学問領域の関係上、同級生で国税専門官になった者が2名いる。
同級生で国税専門官になった一人と、院生時代に呑んだことがある。
そのとき彼は「なあ、〇〇よ、子どもを抱いた泣いている奥さんを尻目にタンスに『差押(の紙)』を貼るのはつらいぞ」とこぼしていたことを今でも忘れない。彼がどんな動機で国税専門官になったのかは訊かずじまいだったので何ともいえないが、性根が優しいことを知っていた小生も、『彼にとっては大変な仕事を選んでしまったなあ』と思ったものである。
我々納税者から見た税務署職員と職業としての税務署職員とはまったく正反対だ。小生とて、商売人の倅(せがれ)として育ったので、確定申告書の作成に呻吟する親を見て育った。大学生のときには、父親に「会計を専攻しているのだから確定申告書ぐらい書けるだろ」と無茶苦茶なことをいわれた。父親は可能な限り納税額が少なくなるように腐心していた。
本書でグー子も自問自答する日々が続く、『どうしてこんな人を泣かせる仕事を選んでしまったのだろう』と。そして辞表まで準備する。
しかし、最終的にはそれを思いとどまる。零細な町工場の夫婦を救ったこととともに、上司である鏡の境遇を知ったからである。
そこは小説。ハッピーエンドで終わり、読み手もホッとする。これで辞めてしまったらシャレにならない。
小生の教え子にも国税専門官になった学生が複数いる。そのうちの一人は女性。
彼女はどんな風に思って仕事をしているのだろうか。
今度会ったときに本音を聞いてみたい。
しかし、いいイメージの職業と悪いイメージの職業はある。
たとえば、弁護士や警官は罪人を懲らしめる、あるいは悪人を捕縛するというイメージがあるため、いいイメージの職業といえるかもしれない(もちろんイメージに個人差はある)。
いいイメージの職業といえば公務員もそのひとつである。
最近では、給料が下げ止まらなくかわいそうなぐらいだが(それだけ高水準だったかもしれないが)、倒産がないので定年まで勤められる、退職後も年金支給で最低限の生活保障が受けられるという点で、学生さんたちの進路として根強い人気がある。
しかし、同じ公務員でも悪いイメージを持たれている公務員もある。税務署の職員である。
高殿 円『トッカン 特別国税徴収官』(2012年5月)
ただただ安定だけを求めて公務員になった鈴宮深樹(すずみやみき)。何かいわれると「ぐっ」と言葉に詰まってしまうためグー子とあだ名されている。この鈴宮の上司が京橋(税務)署の死に神と揶揄される鏡雅愛(かがみまさちか)。鏡は本店(国税庁)から支店(京橋署)に出向している切れ者の特別国税徴収官(トッカン)で、鈴宮は鏡のもとで徴収業務を補佐する新米徴収官である。
この小説は、鈴宮と鏡との関係を中心にして、税金を滞納する個人事業主との攻防、支店内の人間関係、あるいは支店と本店の力関係、そして鈴宮の個人的な生き方を描いた小説である。小説それ自体は軽妙洒脱で緩急を付けた筆使いで一気に読ませてしまう(とはいっても、小生の場合、寝る前に読んでいるのでそれなりに時間はかかったが)。
一言でいえば、面白い。
何が面白いかといえば、やっぱり滞納者と徴収官との駆け引きである。
以前、『マルサの女』という映画(伊丹十三監督、宮本信子主演)があり大ヒットしたが、それに通じるものがある。ただし、『マルサの女』は、国税局査察部による脱税調査を描いたものであるが、『トッカン』は、現に納税義務が発生しているにもかかわらず納税しない、納税できない納税義務者と地元の税務署との関係を描いている点で違いがある。
この小説が読み手を飽きさせないのは、税金を滞納している人物が複数採り上げられ(コーヒーショップを起業した青年実業家、銀座のクラブのママ、零細な町工場の夫婦、クリーニング店や自転車屋の店主、大企業の経営者)、それぞれにサイドストーリーを描いていて、どこかでつながっていることである。
とりわけ印象的なのは、銀座のクラブ<澪>のママ、白川耀子(しらかわようこ)を採り上げた件(くだり)である。明らかに納税できるだけの売上があると思われるのにキャッシュが見つからない。S(差し押さえ)を仕掛けても何も出てこない。仕方なく古い御所車が描かれた着物を差し押さえる。しかしそれは白川耀子にとっては、お金に換えられない大事な思い出の品であった。この着物を取り返すために白川は納税に応じる。ところが、その裏には白川の生い立ちと子どもの頃の友達との悲しい過去が秘められていた。しかも、滞納に絡んで、大企業(製薬会社)の経営者と白川の駆け引きにまで進展する。
そして最後のエピソード。
零細な町工場(プラスチック加工)の夫婦が焼身自殺を図ろうとする現場に立ち会った鈴宮。
ここで鈴宮は嫌われる存在であった税務署職員から慕われる存在に変わる。
小生には、学問領域の関係上、同級生で国税専門官になった者が2名いる。
同級生で国税専門官になった一人と、院生時代に呑んだことがある。
そのとき彼は「なあ、〇〇よ、子どもを抱いた泣いている奥さんを尻目にタンスに『差押(の紙)』を貼るのはつらいぞ」とこぼしていたことを今でも忘れない。彼がどんな動機で国税専門官になったのかは訊かずじまいだったので何ともいえないが、性根が優しいことを知っていた小生も、『彼にとっては大変な仕事を選んでしまったなあ』と思ったものである。
我々納税者から見た税務署職員と職業としての税務署職員とはまったく正反対だ。小生とて、商売人の倅(せがれ)として育ったので、確定申告書の作成に呻吟する親を見て育った。大学生のときには、父親に「会計を専攻しているのだから確定申告書ぐらい書けるだろ」と無茶苦茶なことをいわれた。父親は可能な限り納税額が少なくなるように腐心していた。
本書でグー子も自問自答する日々が続く、『どうしてこんな人を泣かせる仕事を選んでしまったのだろう』と。そして辞表まで準備する。
しかし、最終的にはそれを思いとどまる。零細な町工場の夫婦を救ったこととともに、上司である鏡の境遇を知ったからである。
そこは小説。ハッピーエンドで終わり、読み手もホッとする。これで辞めてしまったらシャレにならない。
小生の教え子にも国税専門官になった学生が複数いる。そのうちの一人は女性。
彼女はどんな風に思って仕事をしているのだろうか。
今度会ったときに本音を聞いてみたい。
2013年7月2日火曜日
紙の節約
紙の節約を標榜して導入した、ある事業のIT化(紙の節約ばかりが目的ではないが)。
これがすこぶる評判が悪い。
先週の土曜日に、いつもは温厚な若い教員が小生に向かって「アレはヒドイ。本当に導入するんですか」と訊いてきた。「やっても実効性はないんじゃないですか、あの形では」ともいっていた。
小生にいわれても困る。もしそう思うのならいずれかの会議体で発言すればいいのだが、そこは若い教員、遠慮しているのだろう。
そして今日。
レターボックスに科目ごとの書類の束が…。
見れば、IT化した事業の実施方法を書いた説明書。これが各科目の履修者数分あった。
すべての科目の履修者分を印刷したのだろうが、これじゃ、紙の節約にはならない。むしろ前の方が文字数も少なかったので、インク代が余分にかかっているのではないかと思うほどだ。
これがいかに無駄が多いことであるかを考えているのだろうか。
たとえば小生の科目を3科目履修している学生さんは、最初こそ読むだろうが、次の科目で配られた説明書は読まないだろう。3科目目ともなると、「いりません」といわれそうだ。
それだけではない。
前の方式では配付された用紙に記入してもらって回収できたから良かったが、今度は説明書きだけだから読み終わればゴミ箱にポイである。3科目で3枚。
履修科目数が10科目であれば10枚をポイ。しかもこれがすべての学生さん共通の行動になることが明らか。さらに履修放棄などで余った説明書もポイ。
発案者からすれば「誰がどの授業を最初に受けるか分からないし、欠席する場合もあるだろうから、全員に配るしかない」というかもしれないが、それは短絡過ぎる。
たとえば、事前にアプリを作っておいてそれをダウンロードさせる。1回で済む。
たとえば、本人のアドレスにURLを配信しておく。通常使うアドレスは知っているので。
「アプリの製作にはお金がかかる」というかもしれないが、マスターをひとつ作ればいいわけで、学生数で割れば微々たるものだろう。しかも数年使えるのだろし。
「本人のアドレスに配信すると時間がかかる」と反論されるかもしれないが(事実、すべての学生さんに配信するとなると最低3日、4日かかる)、大事な事業であると考えればそれも織り込み済みで実施すべきなのではないか。
大いに改善の余地ありってことですな。
ああ、何といったっけな、こんなとき使う言葉…
羊頭狗肉?
IT苦肉か。
これがすこぶる評判が悪い。
先週の土曜日に、いつもは温厚な若い教員が小生に向かって「アレはヒドイ。本当に導入するんですか」と訊いてきた。「やっても実効性はないんじゃないですか、あの形では」ともいっていた。
小生にいわれても困る。もしそう思うのならいずれかの会議体で発言すればいいのだが、そこは若い教員、遠慮しているのだろう。
そして今日。
レターボックスに科目ごとの書類の束が…。
見れば、IT化した事業の実施方法を書いた説明書。これが各科目の履修者数分あった。
すべての科目の履修者分を印刷したのだろうが、これじゃ、紙の節約にはならない。むしろ前の方が文字数も少なかったので、インク代が余分にかかっているのではないかと思うほどだ。
これがいかに無駄が多いことであるかを考えているのだろうか。
たとえば小生の科目を3科目履修している学生さんは、最初こそ読むだろうが、次の科目で配られた説明書は読まないだろう。3科目目ともなると、「いりません」といわれそうだ。
それだけではない。
前の方式では配付された用紙に記入してもらって回収できたから良かったが、今度は説明書きだけだから読み終わればゴミ箱にポイである。3科目で3枚。
履修科目数が10科目であれば10枚をポイ。しかもこれがすべての学生さん共通の行動になることが明らか。さらに履修放棄などで余った説明書もポイ。
発案者からすれば「誰がどの授業を最初に受けるか分からないし、欠席する場合もあるだろうから、全員に配るしかない」というかもしれないが、それは短絡過ぎる。
たとえば、事前にアプリを作っておいてそれをダウンロードさせる。1回で済む。
たとえば、本人のアドレスにURLを配信しておく。通常使うアドレスは知っているので。
「アプリの製作にはお金がかかる」というかもしれないが、マスターをひとつ作ればいいわけで、学生数で割れば微々たるものだろう。しかも数年使えるのだろし。
「本人のアドレスに配信すると時間がかかる」と反論されるかもしれないが(事実、すべての学生さんに配信するとなると最低3日、4日かかる)、大事な事業であると考えればそれも織り込み済みで実施すべきなのではないか。
大いに改善の余地ありってことですな。
ああ、何といったっけな、こんなとき使う言葉…
羊頭狗肉?
IT苦肉か。
2013年7月1日月曜日
今日から7月
文月である。
季語が秋とはねぇ(もともと陰暦ですが)。
授業も残すところあと1ヶ月。
今日もI先生と話したことだが、気が付けばあと1ヶ月といった感じで、かつて12~13回の授業で済んでいた時代と感覚的にはあまり変わらない。
15週厳格適用以前は『あと2回しか授業がない』と最終回に向けて授業内容を調整したものだが、現在は7月最終週まで授業が組まれているのでそんなに焦ることはなくなった。
やらねばならないことはたくさんあるわけだ。
ただ、やや心配なこともある。
授業回数は多くなれば、それだけ取り扱う内容も多くなる。今日の授業でも話をしたのだが、本当に消化し切れているか心配。
『復習か練習問題を多くやればいいじゃないか』という声も聞こえてきそうだが、すでにそれなりに授業計画に組み込んでいる。しかもクイズ(宿題)も課している。家人に「大学でそんなこともやっているの?」といわれる始末。
同じことを別の科目でもやっていると考えると、中には消化不良の学生さんがいてもおかしくない。
『大学は自分で勉強するところ。ついて来られなければ置き去りにしてもいい』という声も聞こえてきそうだが、そう簡単に割り切れるものではない。大学の大衆化が進んだ現在、ついて来られるような配慮が必要。
「アメリカの大学では宿題が大変」という体験談はよく聞くが、そして宿題は大事だとは思うが、卒業単位数というより履修科目数が重要であると聞いたことがある。しかも各セメスターで4科目や5科目でいいとも聞いたことがある。であるとすれば、日本の大学より科目数が少ないことが予想できるので、そうなればひとつの科目で深い勉強ができる。
日本は科目数より卒業単位数が重視され、卒業単位数124単位であれば62科目(2単位換算)。各セメスターで7科目以上を履修しなければならないし、単位を取得しなければならない。
これはやっぱり過重なのではないかと思う。
書道の上達を願ったことに由来する文月。
残り1ヶ月は一所懸命頑張って欲しいと思いつつ、叱咤激励しながら授業をしておりました。
ふ‐づき【文月】
(フミツキの略)陰暦7月の異称。ふつき。[季]秋[広辞苑第6版]
季語が秋とはねぇ(もともと陰暦ですが)。
授業も残すところあと1ヶ月。
今日もI先生と話したことだが、気が付けばあと1ヶ月といった感じで、かつて12~13回の授業で済んでいた時代と感覚的にはあまり変わらない。
15週厳格適用以前は『あと2回しか授業がない』と最終回に向けて授業内容を調整したものだが、現在は7月最終週まで授業が組まれているのでそんなに焦ることはなくなった。
やらねばならないことはたくさんあるわけだ。
ただ、やや心配なこともある。
授業回数は多くなれば、それだけ取り扱う内容も多くなる。今日の授業でも話をしたのだが、本当に消化し切れているか心配。
『復習か練習問題を多くやればいいじゃないか』という声も聞こえてきそうだが、すでにそれなりに授業計画に組み込んでいる。しかもクイズ(宿題)も課している。家人に「大学でそんなこともやっているの?」といわれる始末。
同じことを別の科目でもやっていると考えると、中には消化不良の学生さんがいてもおかしくない。
『大学は自分で勉強するところ。ついて来られなければ置き去りにしてもいい』という声も聞こえてきそうだが、そう簡単に割り切れるものではない。大学の大衆化が進んだ現在、ついて来られるような配慮が必要。
「アメリカの大学では宿題が大変」という体験談はよく聞くが、そして宿題は大事だとは思うが、卒業単位数というより履修科目数が重要であると聞いたことがある。しかも各セメスターで4科目や5科目でいいとも聞いたことがある。であるとすれば、日本の大学より科目数が少ないことが予想できるので、そうなればひとつの科目で深い勉強ができる。
日本は科目数より卒業単位数が重視され、卒業単位数124単位であれば62科目(2単位換算)。各セメスターで7科目以上を履修しなければならないし、単位を取得しなければならない。
これはやっぱり過重なのではないかと思う。
書道の上達を願ったことに由来する文月。
残り1ヶ月は一所懸命頑張って欲しいと思いつつ、叱咤激励しながら授業をしておりました。
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