2013年5月13日月曜日

あの頃

「横道世之介を思い出すよねえ。」
「えっ、何それ?」
「知らないの~? 面白いよ、映画にもなったし。」

3月下旬、仕事のついでに久しぶりに古い友人を訪ねた。
今では東船橋の洋食屋さんでオーナーシェフをやっているSさん。小生、敬意を表してSセフと呼んでいる。
彼とは1980年、横浜のバイト先で出会う。小生は大学1年生、彼はコックさん1年目だった(はず)。
Sセフとは妙にウマがあい、多くの時間を共有した。永ちゃんのライブにも行ったし、角川映画も観たし、東京乾電池のお芝居も観た。そして30年余が過ぎた。

吉田修一『横道世之介』(文春文庫、2012年11月)

Sセフに紹介されて早速生協に発注。
すぐに手許に届いたが、別の本を読んでいたため、なかなか手を付けられずにいた。そして読み始めても、読了までほぼ1ヶ月ほどの時間を要してしまった。

1987年4月、長崎から東京に出てきた一人の大学生、横道世之介。
本書は、大学1年の4月から翌年3月まで12の章に分けられていて、それぞれにエピソードが語られている。そこには、15年前後の後日譚も挿入されている。

世之介の人物像は随所で語られるが、上京後10ヶ月が過ぎようとした1月、マンションの隣人、京子との会話にそれが現れている。世之介が京子に、上京した頃と変わったかどうか尋ねる場面である。

「う~んと・・・・・・、上京したばっかりの頃より・・・・・・」
「頃より?」
「・・・・・・隙がなくなった?」
「隙?」
「そう、隙」
「あの、自分で言うのもあれだけど、俺、みんなから『お前は隙だらけだ』って言われてますよ」
「いや、もちろんそうなのよ。世之介くんと言えば、隙だらけなんだけど、それでもだんだんそれが埋まってきたのかなぁ・・・・・・」
「なんか中途半端だなぁ」
「これで中途半端じゃなくなったら、ほんとに世之介くんじゃなくなっちゃうって。そこはちゃんとキープしとかなきゃ」
「どうやって中途半端って、キープするんですか?・・・・・・あ、ちょっと待った。その前にそんなもんキープしたくないですって」
慌てた世之介に京子が笑い出す。 [pp.372-373]

隙だらけの世之介。
しかしそれが同級生や上級生、あるいは世之介のまわりの人々をホッとさせ、楽しませる。

読み始めて最初に『ああ、懐かしい』と思わされた場面もある。
世之介が上京して初めて見た新宿駅東口アルタ前。
季節ごとに気温も天気も違っているが、小生にとって、アルタ前はいつも春のイメージ。これは小生自身も世之介と同じように、春に上京したからに他ならない。そして田舎者が最初に訪れるのが新宿。(笑)

引用した文章からわかるように、文章自体は軽妙で読みやすい。
世之介を取り巻く面々もどこか軽かったり、ピント外れだったりしてクスリとさせてくれる。

ただ、ドキッとした仕掛けが準備されている(ここから先はネタバレ)。
世之介は、あることがきっかけでプロのカメラマンになる。カメラマンになった40歳の世之介は、友人の韓国人と一緒に駅のホームで転落しそうになった人を助けようとして落命する。

『おやっ?』と思わされる。
そう、2001年に発生した新大久保駅転落事故と一緒。この事故でも日本人カメラマンと韓国人留学生が犠牲になっているが、まさにこれと同じ。
思わず『世之介はあのカメラマンだったのか』と錯覚させられる。
そしてそうした世之介の最期を読んだ後にも、隙だらけの世之介が日常生活を送る話が続く。悲しくて、悲しくて・・・。

ストーリー自体は大学1年間を扱っているが、そこに挿入された登場人物のその後の描き方が鮮やかである。
日本中のどこかで『きっとあるだろう』と思わせる展開である。ある時代に同じ時間と空間を共有していながらも、その後は一人の人間としてそれぞれの道を歩む。そこには時には楽しく、時には悲しい一人一人の人生がある。 そして大学時代がいかに貴重な時間であったかを思い知らされる。

3月に立ち寄ったSセフのお店には、小生より少し遅れてバイトとして入ってきたH君も駆けつけてくれた。
当時、SセフとH君は同じアパートに住んでいたこともあって、何かとつるんでいたように思う。それもまたH君から見れば貴重な時代だったはずで、だからこそ、Sセフの呼びかけに応じて駆けつけてくれたのだと思う。そして話すことといえば、やはり「あの頃」。H君は今でもあのロイヤルホストでの「お勉強」を覚えてくれていた。素直にうれしい。
30年も経てばみんな一緒だと思うが、年齢的にはH君が一番下なので、今でも敬語混じりで話してくれるのも「あの頃」を思い出させてくれた。

『横道世之介』で描かれた時代と小生たちが知り合った時代は決して同じではない。しかし、同じ香りがする時代でもある。なかなかページが進まなかったのは、「あの頃」を思い出しながら読んだからかもしれない。

同じ時代を過ごしたから今の我々がいる。
そんなことを実感させられる小説であった(ちょっとセンチメンタル・・・)。

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